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zoom RSS 旭川の怒れる女〜今、身の回りには一人

<<   作成日時 : 2013/07/10 00:00   >>

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ご縁ある皆様、こんばんは。

暑い日が続きますね。体調管理にはお気を付けください。

さてさて、古い映画で「12人の怒れる男」(1957年、アメリカ)をご存知だろうか?

とても好きな映画でざっくりと説明すると、

スラムに住む18歳の少年が、「父親をナイフで刺し殺した」として第1級殺人罪で死刑に問われる。
無作為に選ばれた12人の陪審員たちが、殺人事件に対する評決を下すまでを描いた法廷劇(密室劇)。

はじめはたった1人の陪審員だけが「無罪」を主張していた。
それが、議論を重ねるに従って少しずつ「無罪」が増えていく。


という内容です。

無罪を主張していた陪審員も少年の無罪を確信していたわけではなかった。
でも彼が「有罪」としたならば少年は電気椅子へ送られ死刑となる。

「人の命を5分で決めてもし間違っていたら? 1時間話そう。ナイターには十分間に合う」

彼が疑問に思うことを検証していくたびに義務感だけでそこにいて、もっともらしい状況説明から「有罪」にしていたほかの陪審員達が一人づつ

 「Not guilty(無罪)」

と言って、ついには形勢が逆転する。(このプロセスが面白くてカッコイイ


「あの不良が。連中は平気でうそをつく。真実なんてどうでもいいんだ。大した理由がなくても奴らは人を殺す。気にするような人種じゃない。奴らは根っからのクズなんだ」

このように、少年やスラム住民への差別感情と偏見を自ら告白する陪審員もいた。
これに対して次のセリフがとても良い。

「偏見抜きで物事を考えるのは難しい。偏見は真実を見る目を曇らせる。事実は私も分からないし知る人はいない。だが、われわれは疑問を感じている。そこが重要な点だ。確信もなく人の命は裁けない」


最後まで少年を「有罪」としていた最後の男が「Not guilty」といって少年の無罪が確定される。


まだ見たことがない方はぜひご覧になっていただきたい作品ですが、今日この話題をしたのにはわけがあります。

先日のブログに書いたように、私はこれからたくさんの人へ情報をシェアしたり、社会の構造を明らかにしながら社会を変える動きに力を尽くしていきたいと考えています。
http://rainbow-universe.at.webry.info/201307/article_2.html

偏見も真実を曇らせますが、意図的な情報操作による思考の刷り込みもまた真実を曇らせます。
中には曇った世界のまま、ある一定のフィルター越しに世界を眺める方を選択する人もいるでしょう。

今現在は圧倒的にそういう人たちが多いのです。

でも私には「真実なんてどうでもいい」とは思えないし、疑問を感じる心があるのなら情報を知り、その上で自分の真の意思とはなんなのか、何をどう選択するのかを決めるべきだと思っています。

映画同様、これを叫ぶ人は最初「一人」かもしれません。
他にも仲間はいるとは思いますが、今いる場所でたった一人、事実を検証していくことになることのほうが多いと思います。

でも一人づつ賛同者が出てくる。そう強く確信しています。


何人の怒れる存在がいるかはわかりませんが、最初の一人を始めてみたいと思います。
そうしたら他で始めている仲間と合流することができるでしょう。

だって進む道は同じだから。

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